実際の治療例 “下腹痛と発熱(大腸憩室炎)”
当院を受診された患者さんの実際の治療経過です。
50代 女性 下腹痛と発熱
【症状】
2日前から左の下腹部に違和感が出てきていましたが、寝れば治るだろうと思い、そのまま様子をみておられました。
ところが、翌日も違和感は取れておらず、次第にチクチクとした痛みに変わってきました。
病院に行こうか迷っておられましたが、日中に予定があるため受診出来ずにその日も様子を見られていました。しかし夜中になり痛みが強くなり、37度台の微熱も出てきたとのことで、朝になって当院を受診されました。
【診察・検査】
診察では、痛みが左下腹部に限局しており、以前に大腸カメラを受けて大腸憩室を指摘されていたとのことで、大腸憩室炎を疑いました。
エコーを行うと、痛みの場所に一致してS状結腸の憩室(図:赤部分)と周囲の大腸の壁の肥厚(図:水色部分)が描出されました。
血液検査でも軽度の炎症反応が認められたことから、大腸憩室炎と診断しました。
【治療】
憩室炎は重症の場合は入院して様子を見ることもありますが、今回はエコー所見・血液検査ともに軽症であったので外来で治療を行うこととしました。
■治療内容■
①抗生剤
外来にて抗生剤の点滴を行い、内服薬の抗生剤を飲んで頂きました。
②食事制限
腸管を安静にし憩室部分に便による圧がかからないように、お食事は水分やスポーツドリンク、ゼリーやプリンなどの流動形のものの摂取にとどめてもらいました。
また、炎症と戦うための栄養を補うために抗生剤と同時に栄養剤の点滴も行いました。
【経過】
憩室炎が悪化してないかどうかの経過をみるため、翌日にクリニックを再診して頂いたところ、腹痛はだいぶ改善してきており、血液検査での炎症反応も低下してきていました。
このままの治療方針で憩室炎の改善が見込める状態と判断し、食事は2-3日おかゆやうどんなどの柔らかいものを食べて頂くようにし、抗生剤の内服で治療を継続とし、4日後に再診としました。
再診時には腹痛の症状はすっかりなくなっており、血液検査・エコーの所見とも改善しており、憩室炎の治療は終了となりました。
今回の方は比較的早期に受診して頂いたため、幸いにも憩室炎が悪化せずに外来通院で完治することが出来ました。
このように憩室炎は早期に治療を開始することが重要ですので、当院では大腸カメラで憩室を指摘された方や憩室炎の既往がある方には、腹痛や発熱などの症状があるときにはすぐに来院してもらうようにお伝えしております。
ただ、憩室炎は悪化すると穿孔といって腸が破れてしまい腹膜炎という重篤な状態に陥り緊急手術になったりするケースもあるので、炎症が強い場合や腹痛が強い場合には入院して慎重に経過を見る必要があります。
症状でお悩みの方はお力になれますので一度当院にご相談ください。
大腸憩室Q&A
Q;憩室があると言われましたが、必ず憩室炎や出血を起こすのでしょうか?
A:必ず起こすわけではありません。
大腸憩室保有者の出血のリスクは期間とともに増加し、 0.2%/年・3%/5 年・10%/10 年程度と言われています。(※1)
また、憩室炎の発症は憩室出血の3倍程度との報告がありますが(※2)、憩室の数によっても変わってきます。(憩室の数が多いほど増加します。)
※1)Niikura R, Nagata N, Shimbo T, et al:Natural history of bleeding risk in colonic diverticulosis patients: a long-term colonoscopy-based cohort study. Aliment Pharmacol Ther 41:888-894, 2015
※2)Wheat CL, Strate LL:Trends in hospitalization for diverticulitis and diverticular bleeding in the United States from 2000 to 2010. Clin Gastroenterol Hepatol 14:96-103, 2016
Q:憩室炎を起こすリスクはなんですか?
A:肥満と喫煙がリスクになると言われています
肥満の方は憩室炎の発症リスクが3割ほど高まり、穿孔などの合併症のリスクも2倍になるという報告があります。(※1)
また喫煙者の方は重症化・死亡のリスクが高まるというデータもあります。(※2)
※1)Hjern F, Wolk A, Håkansson N:Obesity, physical inactivity, and colonic diverticular disease requiring hospitalization in women:a prospective cohort study. Am J Gastroenterol 107:296-302, 2012
※2)Rose J, Parina RP, Faiz O, et al:Long-term outcomes after initial presentation of diverticulitis. Ann Surg 262:1046-1053, 2015
Q:憩室炎の治療は入院が必要ですか?
A:軽症の場合は外来での食事制限・抗生剤治療が可能です(※1)。ただし、発熱を伴う場合や血液検査での炎症反応が高い時などの重症時や悪化時は入院や手術が必要になります。
ですので、重症化する前に外来を受診し治療を開始することが重要です。腹部の痛みがある際には早めに医療機関を受診しましょう。
※1)Weizman AV, Nguyen GC:Diverticular disease:epidemiology and management. Can J Gastroenterol 25:385-389, 2011
Q:手術になることもありますか?
A:あります。
「憩室穿孔」といって炎症が強くなり腸に穴が開いた場合には緊急手術になることもあります。また、慢性的に炎症を繰り返す方は予防的に手術を検討したり、狭窄を伴う場合などにも手術を検討します(※1)。
1)Klarenbeek BR, Samuels M, van der Wal MA, et al:Indications for elective sigmoid resection in diverticular disease. Ann Surg 251:670-674, 2010
Q:大腸内視鏡は必要ですか?
A:憩室炎の際には逆に悪化させることがあるので、急性期の炎症がある際に基本的には行いません。ただし、炎症が落ち着いた後には大腸内視鏡を行い、憩室の状態を評価することが望ましいと考えます(※1)。
また下血を起こす憩室出血の場合には止血のため緊急内視鏡を行います。
※1 日本消化管学会雑誌 第 1 巻 Supplement(2017)p42-43
Q:憩室炎になりやすい方は?
A:以下に当てはまる方は憩室炎のリスクがあります。
- 食物繊維の摂取が少ない方:便の流れが滞りやすく憩室にはまり込みやすくなります。。
- 肥満の方:憩室が出来やすく、炎症が起こった際にも重症化しやすいです。
- 消炎鎮痛剤を使っている方
- 喫煙者:憩室炎起こした際に悪化しやすいという報告があります。
また、男性の方が女性よりも頻度は高めです。
Q:憩室炎の時は食事はとれますか?
A:炎症が強い際には絶食となります。
抗生剤を使用しながら、絶食・安静にしてまずは腸管の炎症を鎮静化させます。
炎症が落ち着いてきて痛みが引いてきたら徐々に食事を開始します。
まずはゼリーなどの半固形物から開始し、おかゆ・うどんなどの消化しやすい炭水化物、卵や柔らかな魚の煮物などとゆっくりと食事形態をあげていきます。
ただし、脂肪分の高いものや繊維質などの消化がわるいものやアルコールは炎症を増悪させるため完全に改善するまでは避けていただきます。
Q:憩室炎を放置するとどうなりますか?
A:自然治癒することもありますが、悪化すると穿孔(腸に穴が開くこと)や腹膜炎などの重症化してしまい緊急手術や長期入院、場合によっては命に関わることもあります。
また憩室から出血を来す憩室出血の場合も、出血が止まらないと出血性ショック状態となるため、内視鏡で止血をする必要があります。
腹痛や下血がある場合は放置せずに医療機関を受診し適切な診断と治療を受けることが大切です。
Q:憩室は治りますか?また治療期間はどのくらいですか?
A: 治療期間は、軽症であれば外来で3-5日程度で改善することが多いですが、悪化することもありこまめに通院してもらいながら慎重に経過を見ます。
悪化の兆候があった場合は、入院に切り替え1週間~10日くらい治療を行います。前述のように穿孔し手術になった場合は、2週間~1カ月程度の入院のケースもあります。
Q:大腸憩室炎の原因はストレスですか?
A:ストレスは原因にはなりません。
大腸憩室に便がはまり込み細菌が繁殖して炎症を起こすことが大腸憩室炎の原因となります
Q:憩室炎を繰り返すと大腸がんになりますか?
A:がんになることはありません。
憩室炎を繰り返しても大腸がんになるということはありませんが、炎症を繰り返すことで大腸が線維化・狭窄(腸が細くなってしまうこと)し、便の通過障害・腹部の張りなどの症状が出やすくなったり、さらに憩室炎をおこしやすくなっていきます。
Q:憩室炎の前兆はありますか?
A:発症初期にはチクチクするような腹痛や違和感を炎症部分に限局性に感じることが多いです。
最初は軽い痛みが周期的に起こり、だんだん炎症が強くなってくると持続的な強い腹痛となっていきます。
※ただし、初期から鋭く強い痛みが出ることもあります。
炎症に伴う発熱や、痛みによる吐き気・嘔吐、下痢や便秘などの便通異常が出ることもあります。
文責:巣鴨駅前胃腸内科クリニック院長 神谷雄介
(消化器学会・内視鏡学会専門医)
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